公益財団法人佐賀未来創造基金と共同で実施する「2025年度 伝統工芸助成事業」は、佐賀県内で伝統工芸に携わる事業者の取り組みを支援しています。2025年度も採択事業者の活動が順調に進んでおり、11月5日・10日の2日間にわたり、採択された事業の進捗確認のため視察を行いました。審査員が同行し、助成事業の状況や具体的な取り組みや今後の展開について、事業者から説明を受け、工房や作業の様子を見学しました。
以下、視察内容をご紹介します。

矢田 久美子さんは、有田町で活動する磁器作家です。大学では染織を学び、東京や熊本で広報デザインの仕事を経験した後、有田窯業大学校で作陶を学ばれました。
現在では福岡や東京でも個展を開催し、全国的に評価が高まっている作家です。
新しい窯の導入にあたり、「現在の作品のようなマットな質感が再現できるか」という不安を抱えられていましたが、メーカーと相談し試験焼成を行ったことでその懸念は解消。窯の発注に向けて進んでいる状況でした。
今回導入予定の窯は、これまでよりも大きく、生産効率が向上するだけでなく、今まで窯のサイズ制限から製作が難しかった大きな皿にも挑戦できるとのことで、製作意欲がさらに高まっている様子でした。
秋からは個展も続いており、新しい設備で製作された商品の今後の展開がとても楽しみです。

深海商店は、有田焼の呉須や釉薬などの窯業原料の製造・販売に加え、有田焼産業の魅力を伝える情報発信にも力を入れています。
2023年に実施したラグジュアリーツアー「アリタダイニング」では一定の反響がありましたが、事前に産地の歴史や背景をもっと深く知ってもらう必要性を感じ、「有田焼概説パンフレット」の制作を決意しました。
取り組みの進行は予定より少し遅れているものの、掲載予定コンテンツの方向性は固まり、製作を進めている段階でした。
有田に来る移動中に読める“ちょうどよい分量”を意識しつつ、情報量とのバランスを探っているとのことです。
私たちにとっても学びの多い内容が含まれており、完成後はオンラインで公開予定。有田地域で広く活用されることを目指しているそうで、その仕上がりに大きな期待が寄せられます。

惣太窯は、すべての作品を手描きで仕上げる、今では数少ない有田焼の窯元です。2024年からは娘の千佳さんが事業を継承し、父娘で新たな展開に取り組んでいます。
国内外での自社販売の強化を目指し、工房に隣接する展示室を新たに建設しました。今回の助成では、その展示室に設置する什器を整備し、来訪者に惣太窯の世界観や魅力をより丁寧に伝えられる空間づくりを進めていきます。
展示室の什器整備が完了し、商品ストック棚もすでに設置されていました。オーダーメイド什器を導入したことで、商品の把握・管理がしやすくなり、販売先や顧客ニーズに即した提示がスムーズになったとのこと。
今回、什器購入を助成金で賄えたことで、浮いた予算を製作費へ充てることができ、窯の30周年記念皿の製作にもつながったとのお話がありました。
また職人の世代交代にも力を入れており、8月には学生向けインターンシップを実施。すでに2名の入社が決まるなど、若手育成にも積極的に取り組まれています。

2014年に立ち上げた「麟Lin」シリーズは、国内外の展示会でも高評価を得ている金照堂の主力ブランドです。製作過程では高度な技術が求められ、工程上の選別の中で生じた不良品が産業廃棄物として処理されてしまう課題も。
その陶片をアップサイクルし、アクセサリーとして再活用したことで、新たな顧客層の開拓に成功。若い女性からの人気も高まっており、今後はパンフレットやビジュアル強化によってブランドの確立を目指します。
写真・動画撮影を終え、カタログが完成。すでに展示会などの場でも活用されていました。麟Linシリーズの色柄を一覧できる内容で、落ち着いたトーンの素敵な仕上がりとなっていました。
9月のバイヤー向け展示会も好評で、これまで男性顧客が中心だった麟Linシリーズに対し、アクセサリー展開を通じて女性にも届けていきたいとの意気込みが語られていました。

器婦人 Clubは、有田・伊万里・吉田焼の窯元5社からなる女性経営者グループです※。2016年の有田焼400年事業に参加したメンバーを中心に結成され、産地を超えた情報共有や後継者問題の協議を行っています。
7月に東京のAKOMEYA TOKYOにてグループでの展示を実施。都市部の消費者に直接有田焼の魅力を伝えるとともに、実際に商品を手に取ってもらう機会を創出しました。
※梶謙製磁(有)、(有)副久製陶所、㈱瀬兵、文山製陶(有)、(有)篠原渓山
7月に東京で行われた展示会が無事終了。展示の様子や成果についても話を伺いました。同会場での展示は今年2回目(前回は2月)でしたが、各社とも前回より売上がアップし、最大で40%増という事業者も。
5社合同の展示で商品数が多く、選定の難しさも感じられたとのこと。来年秋の展示もすでに決定しており、それに向けての選品を計画的に進めたいという前向きな声があがっていました。
2日間の事業者訪問を通じ、事業者それぞれの前向きな挑戦を改めて感じました。設備投資や展示環境の整備、情報発信の強化など、次の一歩を切り拓くための取り組みが随所に見られました。こうした小さな積み重ねが、伝統工芸の魅力を次世代へつなぐ大きな力になると実感しています。
今回の助成をきっかけに、事業者の挑戦がさらに広がり、産地の未来へつながっていくことを心から願っています。
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