
伝統工芸の産地では、次世代への事業継承が大きな課題となっています。売上の低迷や原材料の高騰によって経営が厳しさを増すなか、家族経営の小規模な工房では「子どもに継がせることをためらう声」も聞かれます。
そのような状況の中で、2024年度「伝統工芸助成事業」に採択された武雄市の「銀河釉 玉峰窯※」は、独自の技法「銀河釉」の継承に取り組みました。その後の挑戦と成果についてご紹介します。
※「玉峰陶園」から、2025年に「銀河釉 玉峰窯」へ事業所名を変更されました。HPの記事は作成時の事業者名で執筆しています。
「銀河釉」は、釉薬に含まれる金属成分が高温の焼成過程で結晶化し、夜空の銀河を思わせる幻想的な輝きを生み出す技法です。深い青や緑の中に無数の光が散りばめられ、見る角度によって表情を変えるその姿は唯一無二といわれます。この釉薬を生み出したのは、陶芸家・中尾哲彰氏。
長年の研究を経て辿り着いた銀河釉の作品には、「暗闇を照らす光を届けたい」という氏の願いが込められていました。
ただしその再現には高度な経験と科学的知識が必要であり、「哲彰氏にしか作れない」とされてきました。
哲彰氏が病に倒れ、作陶が困難となりました。そこで大学院生の息子さんと娘婿さんが中心となり、銀河釉の技法を未来へ受け継ぐために「伝統工芸助成事業」に申請。助成を受け、試験用窯の修理や整備を行い、データ計測を取り入れながら試作と検証を重ねました。その結果、銀河釉の基本色5色のうち「黄色の睦月銀河」が安定して再現できるようになるなど、大きな成果が得られました。
審査員からは「困難な挑戦を楽しみながら成果につなげている姿が素晴らしい」「技術継承への強い意欲と努力が感じられる」と高く評価されています。
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玉峰窯は、黒猫のネルソン君を“猫監督”として紹介するSNS「猫と陶芸家」を運営しており、そのユーモラスな発信で人気を集めています。窯元はもともと猫と深い縁があり、迷い猫を保護することも多くありました。
この縁を活かし、ピースウィンズ・ジャパンが行う猫支援事業「ピースニャンコ」と連携。ネルソン君が丸まって眠る姿をモチーフにしたオリジナル商品を開発しました。
この取り組みは“猫×伝統工芸”という新たな可能性を拓く挑戦です。
どちらの分野も熱心なファンに支えられてきましたが、両者が共に歩むことで、これまでにない支援の形や社会課題を知る新たな入口を生み出すことを目指しています。
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助成申請当時、息子さんの胸にあったのは「銀河釉が焼けなくなるのではないか」という強い危機感でした。
しかし、試験窯を活用した研究でデータが蓄積され、安定して作品を焼けるようになりました。息子さんは「父とは異なり、変化が大きいグラデーションの中に現れる疎らな結晶が好き」と語り、銀河釉の新しい美しさを見いだしています。
2025年3月、中尾哲彰氏は惜しまれながら逝去されました。生涯をかけて銀河釉の奥深い輝きに挑み続けたその信念は、次世代に受け継がれ、今も窯場に息づいています。
「伝統工芸助成事業」でできる支援は決して大きなものではありません。産地はさまざまな課題を抱え、今この瞬間に動かなければ消えてしまう危機に直面しています。
そうした状況のなかで、「銀河釉の再興」という難しい挑戦が諦められることなく未来へとつながり、私たちも商品開発に関われたことを、とても嬉しく思っています。
私たちは、伝統工芸に携わる人々の技と志を未来へ受け渡すため、これからも伴走し続けます。時代が移ろうなかでも、手仕事の価値が変わらず輝き続けるよう、支援を重ねてまいります。
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