レベレーションに出品した「蛤合子 秋『錦花』」
佐賀県唐津市の山間に静かに佇む、築190年になる茅葺屋根の民家。ここに工房を構えているのが花鏨(はなたがね)の有馬武男さんです。現在、有馬さんは宝飾品店をはじめ全国からオーダーを多数受ける金工作家で、日本古来の金工技術と西欧のジュエリー技法を融合した工芸作品を生み出しています。このたびピースウィンズ・ジャパンの働きかけにより、パリの国際工芸フェア「レベレーション」にオリジナル作品を出品することになりました。
作品を製作するにあたり、フランス人デザイナー2人から提案されたことは「ステレオタイプの“ジャパン”にならないように」。これまで有馬さんが大切にしてきた日本古来の感性や文化をそのまま表現するのではなく、できるだけ抽象化するようにアドバイスされました。通常、有馬さんは新しい技法に挑戦する場合、試作を何度も繰り返し、手にその技を馴らしていくことから始めます。なぜなら金工は彫り始めたらやり直しが容易でないため、作業を十分に検証しておく必要があるからです。
金工作家の有馬武男さん
しかし今回は製作期間が限られていたため、従来の技法を使って新しいデザインに挑むことになりました。「デザイナーからの要望を頭の中では理解できたものの、それを具現化することは難しかった。金工技術にはできることとできないことがあるので、最終的にデザインに関しては、私が要望を聞きながら主導する方法でお願いしました」と有馬さん。
有馬さんが製作したのは、銀製のオブジェ「蛤合子(ごうす)」。4対の貝の裏表に彫金を施し、春夏秋冬を表現したものです。「元々、貝の合子は盃や香合などに用いられた風流な器です。また軟膏入れや紅入れなどにも用いられました。このように使い捨てする器にわざわざ彫刻を施すという粋な日本文化を、この作品の下敷きにしました」と有馬さんは解説します。
鏨(たがね)彫金を施す
有馬さんは春夏秋冬を通し、山の雪解け水が川に流れ落ち、海に注ぎ込み、やがてそれが雪に変わるといった自然の循環を描きました。春は雪解けの渓流に咲く山桜を描いた「渓花」、夏は波しぶきを上げる海と陽光を浴びて生き生きと輝く向日葵を描いた「陽花」、秋は静かに凪いだ海と紅葉の華やかさを描いた「錦花」、冬は枯れた野と雪の結晶を描いた「雪花」という構成です。裏には部分的に金メッキを施し、彫金に華やかさを加えました。
「貝の表は凸面になっているので彫金しやすいのですが、裏は凹面になっているので奥にいくほど手を入れにくく彫金しづらいんです。だからレベレーションの展示では、貝の裏に施した繊細な彫金の技を見てほしいですね」と有馬さんは話しました。
デザイナーの2人と作品づくりについて打ち合わせした
ピースクラフツSAGAは、パリで開催された国際工芸フェア「レベラション2017」に出展しました。世界のファインクラフトが一堂に集うレベラションは、佐賀の伝統工芸が新しい一歩を踏み出すのに相応しい場となりました。特集記事ではレベラションに向けて最先端工芸に取り組むつくり手たちをご紹介します。最終回は花鏨です。 |
(杉江あこ/意と匠研究所)
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